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み、楽しい経験をたくさん積んだようです。
小学部は一大決心をして、東京教育大学の付属ろう学校を受験させました。せっかく苦労して獲得した声と言葉を、失わせたくなかったからです。息子の可能性に、親子で挑戦したかったからでもあります。息子は満開の桜が咲く付属校の正門を、無事くぐることができました。大黒柱の主人と別居の決意をし、息子と二人、勇気を奮い起こして上京しました。
日ごろから耳にしていた数倍もすばらしい先生方の授業に接し、私は身が震えるほど感動したものです。反面、大変厳しく密度の濃いスピードのある授業に、はたして息子がついていけるのだろうかと懸念しました。付属校の幼稚部から入学して来た小さな七人の″戦士″たちは、身のこなしから目付きまで息子とは全く異なり、自信に溢れて見えました。
案の定、毎日めそめそと泣いてばかりいる息子でした。小学部の六年問で流すであろう涙を、一年の一学期で流し尽くした感があります。しかし、夏休みを通り越した途端に、泣き虫は息子の体から逃げ出し、以来どんなに辛い体験をしても、歯を食いしばって涙をこぼさない息子に変身したのです。
息子に二つ目の障害があると気付いたのは理科の時間でした。ノートに描いた素焼きの植木鉢は鮮やかな緑色に塗られ、朝顔のかわいい双葉は無残にも茶色に塗りつぶされていたのです。十万人に一人という珍しい色盲だということでした。暗澹たる思いが胸をよぎりましたが、深く考えている暇はありませんでした。
「もう、僕がろう学校で大(まさる)君に教えることはありません」と担当の先生にいわれ

 

 

 

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